千葉地方裁判所松戸支部 昭和51年(ヨ)167号 決定 1976年11月05日
債権者
田中四郎右衛門
右代理人
瑞慶山茂
外五名
債務者
松戸パークビル株式会社
右代表者
森谷耕平
債務者
島村俊
債務者
島村俊充
右三名代理人
清水昌三
債務者
フジタ工業株式会社
右代表者
藤田一暁
右代理人
堀内崇
外一名
債務者
松戸生コンクリート株式会社
右代表者
織田増一
債務者
相川建設株式会社
右代表者
相川盛義
債務者
山内重機建設株式会社
右代表者
山内国義
債務者
小牧運輸株式会社
右代表者
小牧国男
債務者
金山土木建設株式会社こと
金山土木
主文
一 債権者と債務者松戸パークビル株式会社、同フジタ工業株式会社との関係において、
1 債権者が保証として金一、〇〇〇万用を供託することを条件として、債務者両名は別紙物件目録(2)記載の建物建築工事のうち同目録(1)(ロ)記載の土地部分(別紙添付図面(二)の赤斜線部分)の建築工事を中止しなければならない。
2 債務者両名は金二、〇〇〇万円を供託するときは、前項の仮処分決定の執行の停止又は執行処分の取消を求めることができる。
3 債権者のその余の申請を却下する。
二 債権者とその他の債務者らとの関係において、債権者の本件仮処分申請はいずれも却下する。
三 申請費用中債権者と債務者松戸パークビル株式会社、同フジタ工業株式会社との関係で生じた部分は債務者両名の負担とし、債権者とその他の債務者らとの関係で生じた部分は債権者の負担とする。
理由
第一、第二<省略>
第三当裁判所の判断
一まず本件仮処分申請の適否について判断する。
1 債権者が第一次的に使用収益権又はその期待権を被保全権利として求めている本件仮処分申請は、松戸市が債権者に対し本件仮換地についてなした昭和四八年八月一三日付仮換地指定を取消した昭和五〇年五月三〇日付仮換地指定の取消処分及び同日付でなされた別紙物件目録(3)記載の土地への再仮換地指定処分の無効を前提として、本件仮換地に対する使用収益権又はその期待権の確認並びに建物建築工事禁止及び使用妨害排除訴訟(行政事件訴訟法第四五条のいわゆる争点訴訟)を本案とするものである。
ところで、行政事件訴訟法第四四条は、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為については、民事訴訟に規定する仮処分をすることができない」と規定しており、本件のように争点訴訟を本案とする仮処分の場合であつても、それが行政処分の効力又は執行を阻止する仮処分である限り、同条によつて排除されると解するのが相当である。
本件疎明によれば、債務者島村俊、同島村俊充は別紙物件目録(3)記載の土地につき、松戸市より昭和四八年八月一三日付で仮換地指定を受け、その後昭和五〇年五月三〇日付で右仮換地指定が取消されて同日付で本件仮換地に再仮換地の指定がなされ、その使用収益を開始できる日が昭和五〇年七月二一日と指定されたこと、債務者島村両名は、その後本件仮換地全部を本件ビル(鉄筋コンクリート造地上七階地下一階、延床面積一七、九六四平方メートル、敷地面積二、九九四平方メートル)建築用敷地の一部として債務者松戸パークビルに提供し、昭和五一年三月五日、右債務者松戸パークビルより本件ビルの建築を請負つた債務者フジタ工業によつて本件仮換地を含む敷地全体の周囲を鉄板などで囲われ、昭和五一年一〇月二日現在、敷地内部は本件ビルの地下一階部分の堀削が終了し、本件仮換地部分では捨コンクリート打設及び墨出しを経て耐圧鉄筋組が実施されている段階であることが一応認められる。
右の事実からすると本件仮処分申請は、債務者島村両名が松戸市より適法に受けた右再仮換地指定処分の効果である本件仮換地に対する使用収益の行使を阻止するため、右行政処分の効力の一時停止を求めるものというべきであるから、本件仮処分申請は、右条項に照らし不適法であるといわなければならない(なお債務者らは、債権者は昭和五〇年五月三〇日付でなされた昭和四八年八月一三日付仮換地指定の取消処分及び再仮換地指定処分の取消並びに無効確認訴訟を千葉地方裁判所に提起すると同時に右両処分の執行停止の申立をなし、同申立は却下され、現在東京高等裁判所に係属中であり、本件被保全権利である使用収益権又はその期待権は仮換地指定取消処分の直接の作用又は効果を阻止又は制限するもので、行政行為の執行停止の帰結によつて決すべく、且つ債権者はその手段を採つている以上、本件仮処分は行政事件訴訟法第四四条によつて許されないと主張する。しかし、債務者島村両名に対する再仮換地指定は債権者の仮換地指定取消処分及び再仮換地指定処分とは別個独立の行政処分で表裏一体の関係にもなく、したがつて行政事件訴訟法第三二条二項の執行停止の効力は及ばないと解すべきであるから、右債務者らの主張は採らない。)。
2 また債権者が第三次的に求めている本案及び行政訴訟において勝訴の見込みがある法的保護に価する地位(利益)を被保全権利として仮換地使用収益権又はその期待権の確認訴訟、建物建築工事禁止及び立入禁止請求訴訟を本案とする本件仮処分申請は、仮に右のような法的保護に価する地位(利益)が認められたとしても、結局、前記1で述べたと同様に、債務者島村両名が適法な再仮換地指定によつて取消した本件仮換地に対する使用収益権の行使を阻止するため、右行政処分の効力の一時停止を求めることに帰着するというべきであるから、行政事件訴訟法第四四条に照らして不適法であるといわなければならない。
3 債権者が第二次的に占有権を被保全権利として求めている本件仮処分申請は、債権者が本件仮換地につき、仮換地指定を受ける以前から従前地として引き続き有していた占有権が、昭和五一年三月初旬に債務者らによつて侵奪されたことに基づく占有回収の訴を本案とするものである。
ところで、行政事件訴訟法第四四条によつて排除される仮処分は、それが公権力の行使を阻害する場合に限定されているところ、本件疎明によれば、本件仮換地の大部分は債権者が所有、占有していた従前地で、昭和五〇年五月三〇日付で仮換地の指定が取消された後も債権者が占有していたことが認められ、その後前記1で認定したように再仮換地の指定を受けた債務者島村両名によつて占有されているのであるが、占有関係に関する限りでは、右債務者らに対してなされた再仮換地指定は債権者が本件仮換地に対して有していた従前からの占有に何ら直接影響を及ぼすものではないから、債権者の本件仮換地に対する占有は、現在債務者らによつて侵奪された状態にあるということができる。そして債権者が占有回収の訴を本案として本件ビル建築工事の中止、立入り禁止等を求める本件仮処分申請は、専ら占有関係を基礎とするもので、仮に本件仮処分がなされても、債権者とは別個独立に適法に再仮換地指定を受けている債務者島村両名は本件仮換地を使用収益すべき権原を有し、この本権に基づいて本件仮換地の使用収益を実効ならしめ得るのであり、何ら公権力の行使を阻害することにはならないと解されるから、結局、占有回収請求権を被保全権利とする本件仮処分申請は適法ということができる。
二そこで、占有回収請求権を被保全権利とする本件仮処分申請の許否について判断する。
前記一1で認定したように建築中の本件ビルは地上七階下一階の鉄骨鉄筋コンクリート造の建物で、基礎部分の耐圧鉄筋組の工事段階に入つて急ピツチで進捗しており、本件疎明によれば昭和五二年七月には竣工の予定であることが認められる。
そうすると、右の状況下で本件仮換地部分の本件ビル建築工事を続行すれば債権者において回復困難な損害を蒙る虞があるというべきであるから、これらの損害を避けるために右部分に関する建築工事の中止を求める緊急の必要が存することは明らかである。
ところで、本件疎明によれば、債権者は、本件仮換地の西側にある街区八番に、松戸市根本五一六番一〇(112.39平方メートル)、同所五一三番一(499.17平方メートルのうち413.90平方メートル)、同所五一四番(623.53平方メートル、このうちの一部が本件仮換地部分)、同所五〇九番一(12.69平方メートル)、同所五一〇番(819.47平方メートル)、同所五一一番一(29.66平方メートル)、同所五一三番二(597.70平方メートル)をそれぞれ従前地として仮換地の指定を受け、現在旧水戸街道に面する右五一〇番地上に鉄筋コンクリート造三階建の建物を建て、同所において代々四郎右衛門を襲名して酒類小売販売業竹澤屋酒店を経営しているもので、旧水戸街道が大型車輛の通過量が多くて小売商には不適当な立地となつたことから、裏通りに位置する本件仮換地に店舗を移転しようとの意向をもつていたこと、旧水戸街道は現在巾員一一メートルで車歩道の区別はないが、本件整理事業が完了すれば、葛飾橋竹の花線として車歩道の区別がつけられ、巾員を一五メぐトルに拡巾し、両側に各三メートルの歩道が設置され、車歩道共アスフアルトコンクリート舗装となること、一方本件ビル建築に当り、本件仮換地部分の建物を切り離して分別工事を進めた場合には敷地内に新たに土止め用の杭を打つか、仮に右部分を残して躯体をつくり、その上でこの躯体に切ばりを支持させる必要が生じ、前者の方法を採ると仮設の桟橋及び周辺道路状況から危険性が高く杭打ち自体が不可能となること、本件仮換地部分の建物にはエレベーター二基(本件ビルではこの二基のみ)、地下一階部分に便所、地上一階部分に商品荷揚場、二階部分に空調室、三階から六階部分に商品ストツクペースを配置する構造計画となつており、右部分を失えば本件ビルの機能を失うこと、したがつてそれを回避するには、他の部分を縮少して右部分のスペースを確保するか、本件仮換地部分の建物を別工事として時期がずれても支障のないようにするなど計画の変更が余儀なくされること、更に分別工事を進めるとなると、地下部分の面積の減少による地反力増大によつて建物が不等沈下する危険が生じたり、耐力避の変更に伴つて耐力不足が生じたり、梁が過負担となつたりしてこの点から構造計画の変更をする必要が生じ、現在許可を受けている建築確認申請が無効となるから、右申請をやり直さなければならないことが一応認められる。
以上の各事実を総合すれば、債権者において小売商としては不適当な立地だとする現在地も、本件整理事業が完了すれば車道と区別された巾員三メートルの歩道(車歩道共アスフアルトコンクリート舗装)が店舗前面にできるのであるから、車輛通過が多いことによるマイナス要素は相当程度解消され、本件仮換地に店舗を移転しなければ酒類小売業の経営がなり立たないか、従来よりも悪化するとは思われず、且つ債権者の有する被保全権利が占有回収請求権であることから考えて、その権利の実行が不能又は困難になつたとしても、金銭的な補償を得ることによつて終局の目的を達することができると解するのが相当である。これに対し、債務者松戸パークビル、同フジタ工業によつて実施されている本件ビル建築工事が本件仮換地部分の建物だけ中止されれば、本件ビル全体について構造計画の変更とそれに伴う再度の建築確認申請が必要となつて甚大な損害を蒙る虞が相当にあるといわなければならない。
したがつて、債権者の占有回収請求権を被保全権利とする本件仮処分申請は、結局本件仮換地部分に関する本件ビル建築工事を中止する限度で理由があり、且つそれをもつて足りると認めるべきであり、また債務者松戸パークビル、同フジタ工業には、民事訴訟法第七五九条にいう特別事情があるというべきであるから、同法第七四三条を準用し、本件仮処分決定についてその執行を免れることを得させるために供託すべき金額を記載し、その額を金二、〇〇〇万円とするのが相当であると認める。
三以上の次第で、本件仮処分申請中、債権者と債務者松戸パークビル、同フジタ工業との関係において、債権者が債務者両名に対し本件仮換地部分に関する本件ビル工事の中止を求める部分は正当であるから、債権者が保証として本決定告知の日より一〇日以内に金一、〇〇〇万円を供託することを条件としてこれを認容し、なお債務者両名が金二、〇〇〇万円を供託したときは、右仮処分の執行の停止又は取消を求めることができるものとし、右債務者両名のその余の部分並びに債権者とその他の債務者らとの関係においては本件仮処分申請はいずれも理由がないから却下し、申請費用中債権者と債務者松戸パークビル、同フジタ工業との関係で生じた部分につき民事訴訟法第九三条、第九二条を、債権者とその他の債務者らとの関係で生じた部分につき同法第八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり決定する。
(谷合克行)